元エホバの証人2世が「死」について思うこと

こんばんは、コータローです。

最近コロナウィルスが猛威を振るい、著名人が亡くなるといったニュースを耳にしています。


コロナに限らず、病気や事故、自殺等で親族や友人が亡くなってしまったという方もいらっしゃるかもしれません。


皆さんは「死ぬ」ということをどのように捉えていますか?

死の恐怖はありますか?


キリスト教では一般的に霊魂不滅という考えが行き渡っており、肉体は死んでも霊とか魂は生き残るという考え方です。


しかし、元2世の私が死についてどのように教えられてきたかというと、簡単にいうと肉体も魂も死ぬというものです。


エホバの証人が出している出版物では、人の命が蝋燭の炎に例えられます。


ロウソクの炎が消える時、そこには何も残らないのと同じように、人の命が消える時もそこには何も残らないという教えです。(つまり肉体が死んでも魂や霊が残るわけではないということを言いたいのかと)


じゃあ亡くなった人たちが自分の前に現れたことがあるなどというオカルトチックな怪談話を聞くことがありますよね。


そこについてはサタンと配下のみ使い(悪霊)が姿を見せているという風に教えています。


また、死んだ人が生まれ変わるという教えもありません。


では死んだ人には希望がないのか?そんなことはありません。


ざっくりいうと、聖書は死者の復活の希望を教えており、ハルマゲドンのあと死者が復活するというものです。


この復活の希望を信じてきた私は、エホバの証人ではなくなった今でも普通の人とは違う思考になっているのです。


聖書の教えでは終わりの日、すなわちハルマゲドンが近いといわれており、そこで未信者は神の裁きによって滅ぼされるというものがあります。


そしてこのハルマゲドンで滅ぼされる(死ぬ)人たちに復活の希望はないのです。


ということは、逆にいうとハルマゲドンまでに亡くなる人たちには復活するということです。(一部復活してこない人たちもいます)


毎日のように事件、事故、病気、自然災害等で人が死ぬニュースを耳にしていますが、そこで私は毎回のように思うのです。


亡くなるのは今は辛いことだけど、命拾いしたねと。復活組の仲間入りだねと。


逆にその死を悲しんでいる生きている人たち、このまま終わりの日が到来したらもう亡くなった人と会えなくなってかわいそうだなと。


そういう思考が組織を離れた今でも自然とわきあがってくるのです。


そして組織から排斥された私にとってみればハルマゲドン前に亡くなったとしても復活はしないのでしょう。


死ぬと人は罪から解放されると教えられていますが、復活に値しない人もいるのでその中に自分も含まれるのでしょう。


そんな考えが常につきまっている私は自然と鬱っぽくもなりますし、闇が深くもなります。


エホバの証人について一切触れていない現在の生活については、こちらのブログで書いています。更新頻度も高めですのでご覧いただけるとうれしいです。

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