色覚障害の私を楽園へつれていきたかった母親

こんばんは、コータローです。

私は生まれ持って色の識別が困難な色覚障害者です。

赤色なのに茶色に見えたり、黄緑なのにオレンジに見えたりと他にも様々ですが、日常生活に支障をきたすこともあります。

女性の色覚障害は少ないといわれていますが、日本人男性の約20人に1人が色覚異常を持っているといわれています。

※色覚障害のほかに、色盲、色弱という呼び方もあります。

このような障害は「人間の不完全さ」が招いた結果であると聖書は教えています。

つまり、逆にいえば聖書が約束している楽園(パラダイス)に入れば人は完全さを取り戻すと教えているため、聖書がいうことが正しければこの色覚障害も治るということになります。

信者の母親は私が色の識別を間違う度に「楽園に行ったら治るからね」と慰めました。

母親がきれいな自然や風景を見た時に、「コータローにはこのきれいな景色が(正しい色で)見えていなくてかわいそう」と憐れむのです。

母からしてみれば自分が産んだ子どもの目に治すことができない障害があればそれは確かに辛いことでしょう。

私も今では自分が親の立場になったのでその気持ちはよくわかります。

でも私からしてみれば、今自分が見えている色が全ての為、そこまでツライと思ったことはありません。

ですから子ども時分に悪気は当然ないのでしょうが色のことでかわいそうかわいそうと憐れまれることで、その度に「自分は障碍者なんだ」と自覚させられ、コンプレックスが募っていくだけでした。

エホバの証人組織にいることで学校ではできないことも多い、スポーツもさせてもらえない、その上に障がいまで持っているという認識で、劣等感の塊でしかありませんでした。

愛する人の死や病気やケガ、障害などをきっかけに宗教を始めるという人は少なくありません。

人は自分にも医者にも政府にも解決できない問題にぶち当たった時、「困った時の神頼み」ともいわれますが、超越した存在を求めるのでしょう。

母親に関していえば、近い将来聖書の預言するハルマゲドンにて邪悪な世が終わりを迎えるという話を聞き、子どもたちを救いたい一心で入信したといっていました。

排斥になった結果として、その期待を裏切ることになってしまった自分は悪者で、母親を悲しませてしまったという気持ちはいまだに消えることはありません。

多くの宗教は運営していくのにお金がいるため、寄付を集めます。

人の弱みにつけこみ、宗教をビジネスとして金儲けしている団体も過去いました。

その点エホバの証人は寄付の強制もなく、自発的な寄付のみで活動が賄われているというのは他宗教と比較してすごいなと思っています。

しかも寄付する際は各々が寄付箱にお金を投函するシステムのため、「誰がいくらいれたのか」が運営サイドですらわからないようになっているのです。

これにより、お金をたくさん積んだから幹部になれるとかそういう概念がない組織に仕上がっているのでしょう。

今となっては確かに正しい色を識別できる目で世界を見てみたいと思うこともあります。

虹が7色で見えたり、きれいな紅葉が見えたりとさぞかし美しいのでしょう。

そう思うと、聖書の楽園という希望は素晴らしいですが、自分にはそこに戻る勇気はありません。

何を言いたいのかよくわからない記事になってしまいましたが、こういう経緯もあったということをお伝えしたかっただけです。

エホバの証人について一切触れていない現在の生活については、こちらのブログで書いています。更新頻度も高めですのでご覧いただけるとうれしいです。

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