エホバの証人元2世の結婚について -シリーズ2.排斥後の結婚観

こんばんは、コータローです。

今回はエホバの証人ではなくなった後、自身の結婚観がどのように変わったかを書いていきたいと思います。

幼少期から20代半ばまでいた組織を離れるということは、今まで培ってきた人間関係、思考、信条から一気に解き放たれた状態になるということです。

聖書の教えに従う必要もない、人間関係も選ばなくていい、自分の好きなように思うがまま生きればいいんです。

でも私の場合実際は現役当時から聖書の教えを破っていましたし、人間関係も世にどっぷり浸かっていました。

そんな中組織を離れて変わったのは、集会・奉仕といった組織の取り決めに参加しなくてよくなり自由な時間ができたことと、公に異性と交友ができるという点でした。

これらは若い私にとってはうれしいことでしたが、かといってそう簡単に異性との出会いがあるわけでもなく、彼女ができたわけでもありません。

排斥になる前は未信者との禁断な恋愛関係を隠れて築いており、若さながら自分の欲望のままに行動していたことを思い出します。

ですから排斥後も、長く続く恋愛や結婚を見通してという考え方のもと相手と付き合うよりも、自分の欲を満たすことばかり考えていたように覚えています。

その背景には、排斥となった自分には将来がない、死んだら終わり、こんな病んだ思考だと結婚しても家族を幸せにできないという思いもあったのです。

ですがその反面、どこかで自分も幸せになる道を探し求めており、「結婚すれば自分は変われる」「子どもができたら幸せになれるはず」と環境の変化に一縷の望みを抱いていました。

家族ができればきっと幸せになれるはず、守るものができれば虚しさや絶望も薄まるだろうと考えたわけです。

でも、結婚するためには自分が元エホバの証人であることや現役である親の存在について相手や相手の両親に伝えなければならない、そう考えただけで気が滅入り、結婚はやっぱり考えないでおこうと思考が堂々巡りになっていました。

次回の記事で元二世の結婚における障壁について書いていきたいと思います。

エホバの証人について一切触れていない現在の生活については、こちらのブログで書いています。更新頻度も高めですのでご覧いただけるとうれしいです。

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